先日「イノベーションのジレンマについて考えた」という記事を書きました。
イノベーションは天才かボンクラが作るという話です。
このイノベーションの阻害原因の一つが「組織戦略の考え方、を読むべきだという話」で紹介した、「組織戦略の考え方」という本で紹介されています。
今回は、これらを元に、なぜイノベーションが起きないのかを考えてみたいと思います。
イノベーションとは何か。
まずここを定義づけしておきたいと思います。
シングルループとかダブルループだなんて言葉遊びをしても、しょうがないのです。
イノベーションとは、運用が変わり、それによってアウトプットが大きく変わることです。
具体的な数値を出すことは私が知識不足、現実の検証不足のためできませんが、社内のやり方を変えることで、売上が前年比2倍を超えればイノベーションが起きたといえるでしょう。
コスト削減5%とかではないのです。
では、そのイノベーションを起こすために何が必要なのでしょうか。
多くの場合、教科書には「戦略を考える暇な時間が必要」なんて書いてあると思います。
その為に組織をわざわざ変更したりして。
そうなんでしょうか?
ここが、疑問符がつくところなのです。
この図、何を表しているかと言いますと、Aさんの能力を表しています。
Aさんは入社して5年とでもしましょう。いつもの仕事は難なくできる。後輩の相談にも乗っている、良い先輩です。
しかし、難しい仕事ができるほどの能力はない。
変に「今はない」とか、希望を持たせるようなことを書きません。話を簡単にするために断言しちゃいます。Aさんは今までの業務を行うには十分な能力を持ち合わせているが、難しい仕事はこなせない。
この場合、何が起こるでしょう?
同じような社員の全体に占める割合にもよります。
けど、きっと、「いつもの仕事」の数がを自分で増やすか、完成度のハードルを上げて、いつもの仕事の水準を自分の能力限界まで引き上げてしまうんじゃないかな、と思うのです。
能力より、ちょっと下。
難しい仕事に挑戦しようとか、それができるように能力を開発しようとは思わないんです。
なぜか。
一つは、同調圧力があるからです。
チームワークだとか、助け合い、と言い換えられて使われることがあるかもしれません。
それらは「=」で結ばれるものではありませんが、同調圧力が美しい言葉に置き換えられることが多いので、こういう言い回しになってしまっています。
一つは、Aさん自身が、自分はさぼっていないぞ、忙しいぞ、役に立っているぞ、と思いたいからです。
人が何か成果を上げようとする時
・自分がコントロールできない課題に果敢に挑戦する
・自分が今まで積み上げてきた実績を元に、さらなる実績を積み上げる
どちらの行動をとると思いますか?
私は後者だと思うのです。
新しい、難しい課題に挑戦して失敗したら骨折り損です。
後輩と同じことをやって、後輩の方が自分よりうまくできるかもしれない。顔をつぶされてはかなわない。
なにより、すぐに帰宅して残業をしないでいたら他の人に「あいつはさぼっている」と陰口を言われるかもしれない。そんなこと言われたら泣いてしまいます。
Aさんは、自分の仕事が終わり、ほかの社員が忙しそうにしていたら手伝う事でしょう。そして、後輩の指導も行い、もしかすると必要水準以上の質を求めることになるかもしれません。90点を95点にし、いつもの仕事の難易度を自分で上げてしまうのです。
Aさんはそれをクリアできるので、いつまでも後輩の指導に当たる、という立場は変わらず、役に立ってるな、と自尊心を保てるでしょう?
本来ならば
存在する余裕分を使って、自己研鑽し能力を伸ばして難しい仕事ができるようにするか、その余裕をイノベーションを考える事に使うべきなのにも関わらず。
人間は、あまり努力が好きではないと思います。
人間は、誰かに必要とされたいし、自身が自分で役に立っていると思いたいのです。
ですから、今までのやり方を踏襲し、自分が成果を出せるようにします。
そのためいつもの仕事にかかわる無駄なルールや必要以上の質が求められる状況が出来上がってしまうと考えました。
つまり、イノベーションを作る素地を、社員自らがつぶしてしまっているのです。
じゃ、社長が、「余裕を作って、イノベーションを起こすように指導し、そういう文化を醸成すればいいのでは?」
一理あります。しかしそれは理想論です。
減点主義ではなく加点主義を!というスローガンが、実践では「このミスと、この成果、どっちが大きいの?序数的(大小)じゃなく、基数的(実際の数値、15と3のような)な表現で教えてよ」この問いに誰も答えられないのです。誰かが意見を言ったとしてもそれは主観です。煎じ詰めれば神様が決めるしかなかったのです。これは成果主義でも多くの日本人が経験した事です。理想論を考えるのに意味はありますが、実践で役立たなくては空虚なのです。運用できないものを考える暇はないのではないでしょうか?
イノベーションを起こせと、社長が言っても社員は戸惑うばかりでしょう?なにより、今社長が喫緊でやろうとしている事は、社員を使い倒すことなのですから。
多くの社長が、余裕分(上記の図でいう赤い部分)をなくすことに専心しています。仕事がなければ他からとってくるわけです。常に社員は自分の能力より上の仕事がある状態だといっていい。
自分のところはそんなことない、自分はプライベートも充実している。有休だってとって、この間、海外に遊びに行った。
そういう方もいるでしょう。おめでとうございます。素晴らしい労働環境です。
そんなあなたに質問です。
イノベーションを起こすべく、何か考えましたでしょうか?
何か行動しました?
ここで、YESと答えられる方は相当少ないと思うのです。
誰も本気でイノベーションを考えないんですよ。
その場しのぎの思い付きなら酒の席でもいえるのでしょう。
でも、本気で世の中を動かす、社会を変える、会社の競争力の源泉になる戦略なんて考えたくもないのです。
だって、失敗したら嫌じゃん?笑われたりしたらきっと泣いちゃうぞ!
うーん、どうやったらイノベーションを起こせるんでしょう。
成果が上がって、それでみんなが楽になるかというと、多分ほかの仕事が生まれるので楽にはならないでしょう。でも、競争の源泉として大切だと思うので、次は上記を正として、どのようにすればイノベーションを起こせるのかを考えてみようと思います。
わたしは、冒頭で申し上げた通り。イノベーションは天才とボンクラが作ると思っています。
一方で天才がいないのも承知しています。
天才は会社に入ってこないのです、だって天才だから。自分の才能で食べていける。だから、分業し、ここが自分の強みを生かし弱みをカバーして集団でファランクスを組んで戦う会社に入ってこない。
残るのは、秀才と、凡才と、ボンクラです。
もう、ボンクラに任せてみませんか?
通常業務ができないんだから、ボンクラが居なくなってもいいじゃないですか。
ボンクラを通常業務から外して、どうやったら自分でも利益が出せるのか考えさせる。
戦略はバカなるを旨とし、実行力をもってなす。
現在の私の理想の戦略です。
「バカなとなるほど」という本がありまして、
そこでは、凡人と秀才が鼻で笑うが理屈としては筋が通っているものが、意味のある戦略だと説かれています。
当初、アイデア段階では「バカな」とだれもが思い、実行してみればコロンブスの卵よろしく「なるほど」となる。だから、「バカなとなるほど」なんです。(バカなる、と略しましょう)
ボンクラだから、いくらでもバカなことを言っていいじゃないですか。
ボンクラに責任を取らせるようなことしちゃだめですよ。
そこからイケてそうなやつ(方策方針)を天才が選びましょうよ。
天才がいないんだから、社長が、自分の裁量で、自分の責任で選びましょうよ。
秀才と凡才が「やめろ」と叫び、むせび泣いたらそれは意味のある戦略になり得ます。
戦略の要諦は二つですが、実行力こそが全てです。
それを発動できるのは、社長なのです。
社長が自分で選び、社長自分の責任で「やれ」と命ずる。
兜町の松井が、テレホンオペレーターの「来ると思うんです」という一言でネット証券い大きくかじを取ったのは有名なエピソードです。
うちの社員はイノベーションを起こそうとしない、と嘆くのではなく自分がそれを作り出せる環境を整えて社長が作りましょうよ。
だってほかの人、やらないでしょ?
っていうか、社長、あなた自身「誰か社員が良いアイデアだしてくれないかな?だめだったら後でダメだしすればいいだけなんだし」と思ってるでしょ?
これしかないと思うのです。
後出しじゃんけんで、賢しげなことを言って、パフォーマンスに走って「うちの社員はロクなのがいない」と愚痴ってる場合じゃないですよ。
会社の金で外車買ってる場合じゃないですって。