かんがえる、かがんでいる人

考えたことをまとめます。

ある決断をした人への線分の話

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私は、人が何かをやる事は、線分に例えられると思います。

線分というのは、直線でもなく、半直線でもなく、始点と終点がある直線の事です。

 

何かをやる際、それを始めるかどうかを含めて人は自分で始点を打ちます。

そして、こうありたいと願う目標を終点として打ち、始点と終点を直線で結びます。

直線というのは、最も効率的であろう道のり、とご理解ください。

 

世の中は、特に甘い事も優しい事もなく、

例えばプロ野球選手になるという夢は大方が破れ、自分で再度終点を打つことになります。プロ野球選手になった人ですら、引退という終点を自分で打たなくてはなりません。

 

特に始点を打ったから偉いというわけでもないでしょうし、終点を打ったから悲劇というわけでもありません。

良いように考えれば、始点を打たなかったのは他に自分のリソースを割きたかったから。器用貧乏にならないようにするためでしょうし、終点を早めに打ったのはその道を早めにあきらめて、新しい道を歩む決意の表れです。

 

私が思う重要なポイントは、自分で決めたかどうか、という一点です。

 

色々考えて決断を出したのであれば、それは誰も口出しできない事です。

自分で決断を出したという事、それ自体が偉い事です。

 

おつかれさまでした。

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