かんがえる、かがんでいる人

考えたことをまとめます。

「知らんがな」から仮想通貨の規制について考えた

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知らんがな。

ネットで見聞きし、用法からニュアンスを覚え、私自身も使う言葉です。

非常に詳しく書かれており、感心しました。

今回は、まず言葉のバリエーションについて考えてみます。

 

基本的に言葉は、広まり、利用者が増えるにつれて単純な構造になり平易な表現が増えていくものと理解しています。

これは、第二言語以降として利用する人が増えるからで、それらの人が実運用(旅行でなくビジネスとして利用、とお考えください)する際に、耐えられるために必要な変化だと考えています。

ある外国語は、母国語であってもその国の幼児ですら流ちょうに話せない。おそらくはジョークでしょうが、そのような話を聞いたことがあります。

つまり、英語は、それを母国語とする国家が大きな権力(経済力、軍事力)を持つからだけではなく、それをコミュニケーションの道具として使う人たちの増加(数という権力)によってそのスタイルを平易にすることになったと考えられます。

知らんけど。

 

冒頭の引用文を読むと、「知らない」という言い方について、改めて考えるとたくさんある事に気づかされます。

ある事柄について、バリエーションが多いということは、それをよく使う人(=母国語とする人?)にとって、大きな意味を持つものなのだと解釈できそうです。

例えば、極地に近いところでは「雪」に関する言葉が多そうです。純粋に現象としてそこでしか起こらないものもありそうですが、日本では「雪」としか表現できないものも、より細かく、分類していそうです。

砂漠でも、風の強い地域でもそうです。

虹については、色の種類は各国において違います。

それを眼球の色素からくる色の認識という生化学的な立場から理解もできますが、虹の色やそもそもの色に対する感覚の違いという観点から理解するのも面白そうです。

 

というわけで、「知らんがな」に類する言葉がたくさんあるということは、それを頻繁に使うという事であり、様々なシチュエーションが考えられるため、より適切なスタイルが編み出されたのだと考えられます。

「知らん」とぶっきらぼうに言うことで相手を威圧することもあれば

「ごめん、俺では役に立てそうもないや」ということで柔らかく断ることもあるでしょう。

「知らんがな」という言葉自体はただの記号で、カジュアルでユーモラスに責任逃れをするシチュエーションで使われることにより、その意味を確定させ続けています。

 

上記、言葉の話から仮想通貨の話に無理やり話題を転換させる

「モノ自体はただのモノであり、使われ方がその意味合いを決定する」と言えそうです。

例えば、証券型トークンをSECが規制するというような話があったとしても、会員権型トークンとして使われているのであればそれは証券とはいえず、本来的には会員権型トークンとして扱われるべきものだと考えます。トレーディングカードが美術品や投資の対象として扱われていれば、本来的にはそれに類する規制の対象となるべきです。しかし、それを行うにはコストメリットの観点から割に合わないためその対象となっていない。(規制するには市場が小さい、など)

こちらのようなニュースがあったとしても、本来どうあるべきなのかはその使われ方によって決められるべきであり、規制からはずれた・対象となったとしても、それは実務的な要請が大きく関わってくると考えます。

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