かんがえる、かがんでいる人

考えたことをまとめます。

会話の齟齬を生む前提の違いの一具体例の話

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私は戦国時代が好きで、信長関連の漫画なんて読んだりするのです。

信長は甘いものが好きだったそうです、きっとそのころ伝来したカステラも食べてたんでしょうね。

カステラですが、きっと、カステラが日本に無かったからカステラという名称を使うようになったと思うのです。

卵は(ポルトガル語で何というのか知りませんが)日本にもあるものなので、ポルトガル人が「これを使ってカステラをつくるよ、これは卵だよ」というと、そのポルトガル語でいう卵を、日本語でいうところの卵だと認識できたと思うのです。

でも、カステラは、日本語にできないから、そのまま、カステラ。

 

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コンサルティングという職業の方、外資系の会社にお勤めの方は、会話にカタカナ言葉が良く出てきます。

これは、その分野の概念が日本に無いから、それをそのまま受け入れるしかない、という理由もあるらしいのです。

英語に限らず、その単語本来の意味ではもっと広範な意味がありニュアンスもあってのその単語なんだけれど、和訳されると「要するにどういうことか」という一種のモデル化が起こります。

それ自体は仕方ない事で、翻訳の限界です。
その言葉の意味するところ、伝えたい想念を上手く移転するのが言葉であるはずで、それに適した言葉を上手く選択するのが優れた翻訳と言えるでしょう。
英文をそのまま和訳したらこうなりました、というのは直訳です。
逆に言えば
言葉はそれ自体がコミュニケーションの道具なのだから、話している同士で通じればいいのです。

「ねぇ」「はい。・・・・、ほい」「ありがと」
最高ですね。

 

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なので、本来の単語の意味と、和訳された意味二つがあるとして、

本来の意味を知っている人同士が話をしていると、多分会話が成立します。
また
和訳された意味を「そういうもの」として知っている人同士が話をしていると、それもまた会話が成立します。

 

仮想通貨で例えると、ETH同士のやり取りなのか、ETC同士のやり取りなのか。
じゃぁ、ここで、互換性がないETHとETCの交換を行えるかというと、両社の合意が必要です。

 

話を戻します。ある人が本来の意味で会話をしており、もう片方は和訳された意味で会話をしていると、会話が微妙に成立しませんし、お互いにモヤモヤが募ります。
本来の意味でも、和訳された意味でも、それぞれが自分の用法用例を知っており、それを前提・常識として話しているからです。
さらに悪いことに、相手にも暗黙のうちにそれを求めて(期待して)しまっているからです。

 

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このような行き違いは、今後相対的に増えるように思います。
国内で働く外国人は増えるでしょうし、海外で働く日本人は増えるでしょうから。
では上記のような問題を解決する方法は何か。

なんとなく、三つ思いつきます。

一つは、話をできる限り具体化して、誤解をなくすこと。
もう一つは、話をできる限り抽象化して、誤解をなくすこと。
最後の一つが、お互いの用法用例に関する理解を深め、今話しているのはどういう意味での言葉なのかを確認しつつ、同意を取りつつ、誤解をなくすこと。

ある言語学者によると、言語は広まるにつれて単純化していくようです。
確かに、それぞれの言葉を使うのに、裏のニュアンスをくみ取らなくてはいけないとしたら、少なくとも第二言語として使いずらいものになります。

純化されていないのであれば、インドの方と英語で商談をするなんて、なかなか難しいものになるのではないでしょうか?

(印訳と和訳で、本来の意味をそぎ落とした結果がたまたま同じようなものになることはあり得る)

上記は

Aren't you tired? に対して「疲れた」と英語で答えたい場合にどう言う?イエスとノーの使い方 | DMM英会話ブログ

こういうのを想像しています。中国だったと思いますが、yesとnoの意味が日本と同じように逆になる国があって、同じように勘違いをしていたので、マイナス×マイナスがプラスになって意味が通じたという笑い話があります。

また、英米のお若い方の間では、上記の逆転するyesとnoの意味合いは逆になるという用法があるようです。
(最近知りました)
(リンクを貼りたかったのですが、すいません、ちょっと見つかりませんでした)
(理屈としては、「あなたの言っていることは正しい」という文章の省略形を返答者は返し、それが肯定文であるのでYESと返答する、という内容だったと記憶しています)
(言葉なんてものは、時がたつと変わりますね)

 

一つ目は良さそうですが、応用がきく話になりませんし、相手の応用力(汎用化・抽象化し、自分の法則を作り他に応用する力)に期待せざるを得ません。
二つ目は応用が利くのでしょうが、抽象的な話を聞いて「理解する」「具体化できる」のはやはりその人の能力に依存せざるを得ません。 

情報量の削減・単純化は相手に期待する部分が大きくなるか、伝えられる部分が少なくなりそうです。

 

 ↑この本お勧めです。

ton96o.hatenablog.com

じゃぁ、三つめがおすすめなのかと言えば、必ずしもお勧めできないのです。
分量が多くなるというのが一つ。 
もう一つが厄介で、人によってはキレるんです。「そんなことはわかっている!!」なんて。
この「確認する方法」に至るのは、誠実に話を進めたいか、または、それまでに行き違いがあったりという悪い実績があるのだと思うのですが。ふむ。
キレる人の気持ちもわかります。そんなことを説明するなんて馬鹿にしているのか!と。
だから、多分、理屈の上では「ちゃんと説明しつつ、意味合いを説明しつつ、話が通じているのを確認しつつ進めるのがよさそうだな」とお考えの方も、実際は選択しないと思います。この方法。

誠実にやろうとして、「馬鹿にしているのか」なんて言われたら、さすがにムッと来ますよね。

 

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一例として

ton96o.hatenablog.com

こちらで、perspectiveという単語をわざわざ英語で書いたのにはそういうわけがあるのです。 

高校生時代からパースペクティブ、訳しずらかったのです。

 

最後に参考ブログです。

ビジネス用語にカタカナが多い理由 - Chikirinの日記

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