何かを理解する時には、似た何かと比較すると良いようです。
犬を理解するためには、それ単体で理解しようとするのではなく、例えば猫と対比させつつその異同点を見てみると上手に整理できるのです。
この手法を使って、今。流行っているものをみてみます。
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ゲームをすることで、それを生業とする業界です。
日本では賞金の制限があるようですが、海外ではその制限がなく、大金が動くのでかなり流行っている、と。
日本人も海外で稼ぎたいので、海外で頑張っている、と、私はそういう認識です。
ゲームをすることが収入につながるというと、とても新奇性があるように感じるのですが、実はそうでもないんじゃないかと思うのですね。
ここ、二週間くらい、将棋のアプリをダウンロードして一日一局ずつ、コンピューター相手に対戦をしています。弱いのですが、それなりに楽しんでいます。
その将棋なのですが
歴史を読むと、最初はボードゲームだったようなのですね。
これって、まさに今のテレビゲームと同じではないでしょうか?
行き着くところまで行きつけば、そこには精妙な技巧が存在し、対戦にはドラマと感動が生まれ、競技となり、歴史が紡がれ、やがて伝統となる。
今、我々が「TVゲームをやってお金がもらえる」ことに違和感を覚えるのも、思考が柔軟に対応できていないだけかもしれません。
なお賞金に関して
日本のeスポーツ賞金 金額上限がしょぼいのは3つの法規制のせい? | banのいまやらずにいつやるの? 仮想通貨とゲームはいまでしょ!
2018年 eスポーツが日本で賞金3000万円!ついに高額賞金が現実となってきた!! - 複数の財布
現状、日本ではウン千万円。海外ではウン億円っぽいです。
一方将棋は
将棋棋士の給料・タイトル戦の賞金まとめ - NAVER まとめ
やはり、日本だからでしょうか、ウン千万円となっています。
結局のところ、イベント・興行なのであればスポンサーがどれだけ宣伝効果を期待してくれるか、というところだと思います。
私はイベント性に関して、将棋と比べるとe-スポーツの方が大きいと思いますので、今後はe-スポーツの賞金が上がってくるものと考えます。
高齢者はゲームよりも将棋の方がいいなぁ、と思われるかもしれません。なので、棋士の方の賞金などが上がっていくシナリオは考えられます。
しかし、それでも私はe-スポーツの賞金が上がってくると考える派です。
なぜなら、今後成長期が訪れることが強く推定され、テレビゲームはそれ自体がシンプルで、ルールを知らなくても観客に驚きと興奮を与えられる(=楽しみ方がシンプルで、初心者でも「すごい」と思える範囲が広い)と考えているからです。
例えば将棋だと、イベントとしての成長は難しく、「素晴らしい一手」にルールを覚えたての初心者が衝撃を受けることは難しいのです。
名人が至高の一手を打っても、その凄みを実感できるのはその域に達しているごくごく一部の人だけなのです。
一方でゲーム。
時間を合わせているので、良いところから始まるはずです。
男性キャラの方に注目してください。女性キャラの連続攻撃を上手に防御しています。
これは「ブロッキング」といって、ただの防御ではない、技術が必要な操作なんですね。
ブロッキングをすると必殺技を打つためのパワーがたまります。
このゲームを知らない方でもゲームに興味がない方であっても、タイミングを計る技術がいるんだろうなぁ、とわかりやすいと思うのです。
将棋だとこうはいかない。
尚、将棋は選手寿命が長く、ゲームは短いことが推測されるので年俸が上がるという理屈は支持しません。どこからどういうお金が流入して、どういう配分が行われるかが重要だと思うからです。
例えば野球選手ですと、概ね、投手は選手寿命が短いけれど野手よりも年俸が低いですね。これは、野球選手の財源がチケットや試合放映権やグッズの売り上げなどから成っており、人気度合いが年俸に大きくかかわってくるからだと認識しています。
稼げるお金と選手寿命は必ずしも関係ありません。
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オンラインサロン。
こちらで出てきた話です。流行っているっぽいですね。
新世界という本で著者は「文化祭のようなもの」と記しています。
参加すること自体に価値を見出す、エンターテインメントと理解しています。
逆に言えば、お金をもらって労働力を搾取できるぞ、と考えるのは違うのだと。
元KAT-TUN赤西仁がマネージャー募集中!!ただし・・・「ギャラは払えないけどね」 | スマホ芸能!
かなり前の話ですが、ご存知でしょうか、この話。
ある方がマネージャーを募集しました。
お金は払えない、私のマネージャをできる事それ自体が価値だ、と。それが炎上してしまった話です。
オンラインサロンと、このマネジャー募集、やっていること自体は抽象的にみると違いはありません。むしろ、オンラインサロンの方が参加者がお金を払っている分不思議な気がします。
しかし、前者は相手に価値を与えているのに対し、後者は価値を与えられていないどころか不快感を与えています。
マネジャー募集、元同じ事務所の方に言ったから駄目だったのであって、広く赤西さんのファンから募集をするのであれば、もしかするとうまくいったのかもしれません。
さて、この、オンラインサロンですが、昔はなかったのかな?と。
オンラインは、近年の技術発展・インフラの発展から成立するようになったものなので、それ「そのもの」はなかったのだと思います。
オンラインサロンの本質は、ある事柄に興味があるとか、あるリーダーを慕う人が集まる場なのではないかと思うのですね。
そう抽象化して考えるのであれば、一つの経済圏がそれに該当します。
華僑や印僑がそれにあたるのではないでしょうか?
彼らは、異国の地において、身内でお金を回します。
同じ仲間の中で、食料を買い、物を買い、修理をし、サービスを受けるわけです。
オンラインサロンでも、同じようなことが起こっているようです。
同じオンラインサロンに所属している仲間の中で、店をやっている人のところで物を買い、オンラインサロンで実力を見せた、プロデューサーやプログラマーに仕事を発注する。
こう考えると、華僑や印僑が作る一つの町が経済圏であったのに対し、オンラインサロンは経済圏でもあり、自分の実力を他に知らしめる発表の場でもあることがわかります。
文化祭の例えに乗っかるのであれば、オンラインサロンは自分が舞台に上がる発表の場でもあるようです。
ということは、オンラインサロンの価値は、そこに参加している参加者数とその質のみならず、発表の場としての質が問われることになります。
リアルの世界での実力者が参加するオンラインサロンこそが質の高いオンラインサロンであると。
凄腕プログラマーが、有機農法を考えるオンラインサロンに所属しても、多分あまり効果的ではないのですね。
逆に考えれば、中国人街、インド人街というものもそれに沿った「発表の場」という役割を持つようになるかもしれません。
今でもあるんですかね?例えば、あの国の中国人街で評判のピアニスト、試しにバーで弾かせてみるとやたらとうまい。そんなピアニストが世界で名声を得る、なんてストーリー。
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今回は、eスポーツとオンラインサロンを取り上げました。
今流行っている概念は、既存のものでいうと何に当たるのか、どのような役割を付加したものかと考えていくと面白く、異同点を整理するとわかりやすいかなぁと思います。
今の流行りモノは、概念自体は昔からあったよ、というヒネた見方もできますが、役割の分割と再結合
(例えばA(=α+β)とB(=ɤ)だったのが、現状はC=(α+β+ɤ)という感じで、果たす役割が変わっている)
を理解できたり、今後このように動いていくのではないのかなぁ?という仮説を立てやすくなるように思います。
ではでは。
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