かんがえる、かがんでいる人

考えたことをまとめます。

技術だけじゃ世の中変わらない、という話

最近、技術が世の中を変えるという話題を見ることがあります。

私は、そうじゃないんじゃないかな?と思う派です。

今日はそのあたりの事を記事にします。

 

PEST分析ってご存知でしょうか?

PEST分析とは|PEST分析を戦略に活かす実例と全手順【テンプレート有】 - Mission Driven Brand

ググって一番最初に来たものを張りました。

マーケティングの分野での解説記事のようです。コトラーさんというマーケティング界の巨人が提唱した分析手法なので仕方のないことですが、私は経営全般に使うべきものだと思っています。

PEST分析は、外部環境を整理するフレームワークです。

外部環境はコントローラブルではないという意味だと私は理解しています。

Pが政治。Eが経済。Sが社会。Tが技術を表します。

経済や社会の意味合いが広すぎてズルいと思われるかもしれませんが、今回の記事で重要なのは「着目すべき外部環境が技術だけではない」という点です。

ですので、そこには触れません。

 

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具体例を挙げます。クローン人間でも例にしましょう。

ドリーちゃんをご存知でしょうか?

ドリー (羊) - Wikipedia

クローン羊です。この勢いで、人間もクローンができたとしましょう。

 

それが果たして、やっていいのか?やっていいことを前提にビジネスってできるものなのか?というところです。

 

社会的にアレルギーが起こることは容易に想像できます。

我々の日常で、双子やそれ以上を見ることはあっても、クローンは初めてのものです。

倫理的にも、クローン対象となるのは価値があると認定された人間でしょう。

戦争にも使われるかもしれません。屈強な兵士のクローンをたくさん作ったりして。

もっと穏やかに言えば、世界的な競争で使われるでしょう。

オリンピックや、技術研究は、優秀な人間のクローンを何人(何体?)作り出せるかが勝負になるかもしれません。

クローンは肉牛などで使えばそれなりに良い成果を上げられるでしょうが、人間になると途端に倫理・道徳の観念が出てきます。

 

経済でいえば、クローンを作ることが現実的に割に合うかという観点になります。

人間でいうと難しい話になりますので、肉牛にしましょう。

乳牛でもいいですが、先ほど肉牛を出しましたので。

とってもおいしい和牛、このDNAはいけるぞ、と。

どんどんクローンを作れば、おいしい牛肉を多くの人に届けられる。自分も儲かる。素晴らしい。

でも、一頭作るのに1兆円かかるとどうなるか。

素人でも、さすがに割に合わないとわかります。

そのコストでは、クローン肉牛は食卓の話ではなく実験室の話になるのですね。

 

政治でいえば、クローンという技術をどう扱うか、という話になります。

まずは、立法が思い浮かびます。どの程度の事をしていいのか、または、何をしていないのかが法令で定められるでしょうし、何らかの違反には取り締まりが必要でしょう。

経済活動をうまくやるということは、自分たちとそれ以外を区別することです。差をつけるのですね。

だから、クローン技術そのものや良い肉牛の元(DNA?RNA?)は輸出が禁じられるかもしれません。そうなると、外国は「不公平だ」というのかもしれません。

外交問題に発展します。

また、一つの国の中においても、ある企業とある企業の争いをどう収めるのか、という決まり事が必要になると思われます。

私は、規制でがんじがらめにするのがいいと思っていない派なのですが、ゆるく、「どうにもできないときには何とかできる法律」があってもいいと思います。

仮想通貨でいえば、あからさまな相場操縦などは取り締まってもいいと思う派です。

法治国家ですのであらかじめルールを定めておかなくてはいけません。

なので、ゆるい法律が必要かな、と。

そうなると当然、「どうにもならない時とはどんな時だ」という問題が発生しますので、運用は慎重にならざるを得ません。

冤罪や、国家権力乱用の危険があるからですね。

このブログ、言いっぱなしに書いてはいますが、そこの辺りはかなり神経質になります。色々考えた末でのこの結論ではありますが、当然異論はあると思われます。

この記事の趣旨が、技術だけ見てもよくないという話なので、このあたりで見逃してください。

 

さて、いかがでしょう。

せっかく技術が育って、クローンができるようになったにも関わらず

1)社会がその技術を受け入れられなければ意味がない

2)経済的便益を受けられなければ意味がない

3)政治的な補助が必要だと考えられる

というのが私の主張です。

何がどう相互作用しているかはケースバイケースのようです。

技術が先行する場合があるでしょうし、社会が必要として技術研究が行われることもあるようです。

 

また具体例を出していきましょう。

仮想通貨を例に挙げます。

1)社会が仮想通貨を投資商品として受け入れ、2017年はバブルが起こった。

2)特に国際送金に関しては、送金料の面で優れている。また、銀行口座を持っていないがスマホは持っているような人にも利用可能であり、新しい国際送金の選択肢となり得る。

3)法律、規制ができつつある。

スマートコントラクト辺りは技術の進歩が途中である、という理解をしています。

もちろん、基礎的な部分でトランザクション量を増やさねばならないでしょうし、セカンドレイヤーの発展も必要です。何より腕利きのプログラマーを開発に従事させ続けられる環境づくりが社会として必要なのかと思います。

また、社会の面で、イスラム教と仮想通貨の折り合いがどうなるのかも注目点です。

現状、仮想通貨は技術自体が発展途上であり、社会が仮想通貨自体を「どう扱ったものやら」という状況だと思われます。

経済面でいうと、FIAT(円や米ドルなどの法定通貨)と仮想通貨の接面が重要です。

それは、取引所であり、マイニングであり、税関連です。

論点が多すぎるのでこのくらいで。

 

 

ソーシャルレンディングを例に挙げます。

ソーシャルレンディングはFINTECHにより、ネットを通じて小口の投資を収集し、借り手に対して貸し付けるサービスです。貸付型クラウドファンディングとも呼ばれます。

1)ネット世代には特に問題なく受け入れられた

2)銀行やノンバンクの隙間を縫って、金融を行うことができるものだと私は考えている

3)日本国内においては、既存の規制を組み合わせて行っており、不誠実な事業者が詐欺まがいの事をしている。が、変わるといいな、と私は思っている。

ソーシャルレンディングに関しては、今は政治観点での論点がフォーカスされるかと思います。

今後、P2Pのレンディングサービスができれば、究極的には事業者がいらなくなるはずですので、またひと悶着ありそうです。

もちろん上記は究極の形です。

おそらく、事業者が「個人と個人の金融」をサービスとするでしょう。

そこには信頼度スコアなどのような指標が提供され、それに応じて投資(貸付)をすることになるかもしれません。

その信頼度スコアは、事業者の尺度である点は注意が必要だと思います)

 

いかがでしょう?

技術が発展途上であれば、なんだか「座り」が悪いまま状況が過ぎていくでしょうし、

技術が、そのサービスを成立させるのに十分であったとしても、社会が受け入れなければ意味がないし、不経済であれば意味がないし、政治観点のサポートは必要っぽいことがお分かりいただけたのではないでしょうか?

 

技術は、世の中を変えます。

ですが、世の中を変えるのは技術だけではありません

 

いやね、センスのいらない経営を読んだんです。

ネットの存在(それに伴う豊富な学習データの存在、ネットで情報収集するという文化)、PCスペックや回線の向上、会社設立の法務的な話やそもそも起業をすることに対しての(著者ご自身のマインドを含めた)社会的な認知など、いろいろとあるんじゃないかなぁ?なんて思いまして。

また、

著者の事業内容が機械学習と相性が良いものなので、機械学習をもって経営の相対的「カリスマ」依存度を下げることができるのだと思います。例えば古物商などは、顧客との関係性づくりや、真贋を見極める仕入れ技術がコアコンピタンスだと思われます。そして高価な一点ものを扱うので学習機会が少ない。そうなるとセンスのいらない経営ができることもある、んじゃないかなぁ?なんて思いまして。

(データ主義の説明とナイストライ文化がよかった。素晴らしいです。)

 

いつも通り。思ったこと、考えたことを書いてみました。

ではでは。

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